ライダーノーツ
ドゥマシ(De Machy)と1685年
―― ヴィオラ・ダ・ガンバが「独奏」の極北と一冊の曲集
ヴィオラ・ダ・ガンバの歴史において、1685年は象徴的な年と位置付けさせてください。
なぜならこの年、パリで出版された『Pièces de Violle(ヴィオール曲集)』は、フランスにおける最初期のヴィオール曲集であると同時に、作曲家ドゥマシ(De Machy)にとって唯一の出版物となりました。
しかし、その音楽的な重要性に反して、ドゥマシの素顔は驚くほど謎に包まれています。フルネームすら定かでなく、生没年も不明。それでも彼の曲集は、ヴィオラ・ダ・ガンバが持ちうる可能性を、ある一点まで押し広げた痕跡として、今日まで濃密な存在感を放ち続けています。
1. 伝わること、伝わらないこと
わずかな記録から分かっているのは、ドゥマシが17世紀後半のパリで活動し、1685年に曲集を出版し、少なくとも1692年時点では存命であったということ。
そして、当時フランス・ヴィオール楽派の基礎を築いた名手、ドイツ生まれのニコラ・オトマン(Nicolaus Hottmann)に師事していたことです。オトマン門下には、後に伝説となるサント=コロンブも名を連ねます。ドゥマシは、まさにその巨匠たちの圏内にいた、同時代の重要人物でした。
興味深いのは、彼が自身の奏法・理論を広めることに非常な情熱を抱いていた点です。曲集の序文では、提示したルールについて質問があれば、土曜の午後3時から6時まで自宅で応対するとまで記しています。歴史的ヴィオラ・ダ・ガンバの出版物に、このように書かれていることはほかに知らず、この生身の人間としての「伝えようとする強さ」もまた、彼の作品の一部です。
2. 黄金時代の分岐点 ―― 「独奏」か「アンサンブル」か
17世紀後半のフランスは、ヴィオラ・ダ・ガンバを“楽器としての頂点”とすることを目指す奏者を生み出しました。
ただしその頂点はひとつではありません。ヴィオールのあるべき姿をめぐって、二つの大きな流れがせめぎ合っていました。
● ドゥマシの立場:ヴィオールは「完結した和声楽器」である
ドゥマシは、ヴィオールをリュートやチェンバロのように、一台で旋律と和声を同時に担うことができる完結した楽器として捉えました。
そのため彼は、他楽器の伴奏を前提としない独奏の世界を強く志向し、当時の最先端だった五線譜ではなく、リュート奏者が用いる**タブラチュア(奏法譜)**に強いこだわりを示します。タブラチュアは「音の高さ」よりも、手と身体の動きを直接に伝える記譜法です。
ここで重要なのは、ドゥマシの曲集が前半(第1〜4組曲)は五線譜で、後半(今回取り上げる部分)はタブラチュアで書かれているという事実です。
五線譜では、保持音や係留音といった和声的な持続が細やかに記譜されますが、タブラチュアではそれを明確に書き表すことができません。
一見するとタブラチュアの欠点のようにも見えますが、逆に言えば、どの音を保持し、どの音を解決させるか――その判断は奏者の耳と身体感覚に委ねられ、解釈の幅が大きく広がるとも言えます。
そして、ドゥマシ自身が和声感を極めて重視したことを思えば、保持音や係留音の扱いこそ、奏者が最も注意深く向き合うべき領域になります。タブラチュアはその自由度ゆえに、和声の“息づき”をどのように保つか、奏者の判断が音楽の質を大きく左右するのです。
● 対立する潮流:旋律は“歌”として解放されるべき
一方で、のちにマラン・マレが洗練させてゆく方向――すなわち、和声はテオルボやチェンバロなどに任せ、ヴィオールはより自由に、より流麗に**“歌う”**べきだ、という考え方も勢いを持ち始めていました。
ドゥマシの独奏は、この潮流から見れば「旋律が途切れるのではないか」という批判を受けることになります。
3. 論争:ジャン・ルソーとの対決が示したもの
ドゥマシは、同時代の論客、ジャン・ルソー(Jean Rousseau)との間で、激しい論争を残しています。論点は大きく三つに集約されます。
独奏(完結)か、通奏低音を伴う合奏か
左手の構え(親指の位置)
タブラチュアか五線譜か
結果として、後世に標準化されたのはルソー(サント=コロンブ)の系譜でした。サント=コロンブはマラン・マレへと繋がる圧倒的な伝承の流れを生み、音楽様式もまた、旋律をより伸びやかに歌わせる方向へ進んでいきます。
つまり、ドゥマシが守ろうとした「独奏の理想」は、時代の中心からは外れていきました。
しかし、外れたからこそ、彼の曲集は「別の頂点」として今日まで残ったとも言えるでしょう。
4. 音楽の特徴:装飾、テニュ、そして“魂”としての和声
ドゥマシの曲集は、プレリュード、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジグなど、舞曲組曲の形式を踏まえています。
けれどその内実は、驚くほど濃密で、緻密で、個性的です。
● 装飾は「即興」ではなく「設計」
ドゥマシは装飾を音楽の輝きとして捉え、数多くの装飾記号を定義しました。
それは即興ではなく、作品の構造として組み込まれたデザインです。
● テニュ(tenue)――響きを保持する
彼の重要語のひとつがテニュ(保持)です。
指を離さずに弦を保持し、和声の響きを美しく残し、不協和の濁りを防ぐ。
ここでは、音の持続そのものが語り、沈黙に近い呼吸の中で、和声が立ち上がります。それは、物理的な音の保持ということではなく、彼の重んじた身体感覚の表れの一つではないかとも思います。つまり、保持している音に意識が向けられることで、演奏内の存在感が増す、ということです。
● 重音と対話 ―― 一台の中に複数の声部が現れる
独奏へのこだわりは、重音や多声的な書法として結実します。
一台のヴィオールの中で、複数の声部が対話し、互いに影を落とし合う。
その結果、音楽は「旋律の美」だけではなく、和声の密度によって深く息づくのです。
ドゥマシは「人の声があらゆる楽器の手本」であると述べました。
しかし彼が見ていた“声”は、単に旋律がよく歌うという意味に留まりません。
彼にとって和声は音楽の魂であり、魂の響きが生きている限り、旋律は途切れてもなお、歌い続ける。そこに、ドゥマシの思想があります。
5. 今日の私たちとドゥマシ
ドゥマシの音楽には、奏者の呼吸、その瞬間の身体、その場の響きが深く関わります。
決められた正解に回収されない、むしろ奏者固有の「ありのまま」が音楽の一部になる世界。
そしてそれは、ヴィオラ・ダ・ガンバという楽器が持つ多層的な共鳴――直接音と、間接的に生まれる共鳴のムラ――を、魅力として受け入れる美学でもあります。
この曲集は、ヴィオールの黄金時代が「どこへ向かうべきか」をめぐって揺れた時代の、ひとつの答えです。
中心ではなく、しかし決して消えない。
独奏の極北に刻まれた、生命の鼓動。
ドゥマシの『Pièces de Violle』は、その宝庫と言えるでしょう。
《ドゥマシの脈打つ炎》
【日時】2026年5月24日(日)開場 18:30/開演 19:00
【会場】杉並公会堂 小ホール(JR 荻窪駅 北口より徒歩7分)
【料金】4,000円(全席自由)
【演目】
ドゥマシ《ヴィオル曲集(1685年パリ出版)》より組曲 第5〜8番(CD未収録作品)
【お問い合わせ・お申し込み】https://yuki-aihara.com/contact
ヴィオラダガンバカフェ「ドゥマシの世界II」
【日時】2026年3月15日(日)開場 13:30/開演 14:00
【会場】カフェヴェルデ〒156-0043 東京都世田谷区松原3-33-5(下高井戸駅より徒歩3分)
【料金】3,500円(ワンドリンク、スイーツ付き)
【演目】ドゥマシ《ヴィオル曲集(1685年パリ出版)》より
【お問い合わせ・お申し込み】https://yuki-aihara.com/contact
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