今日、本当は
「Tヒュームの世界」の作品解説を
進めようと思っていたのだけれど
明日以降に頑張ることにする。
昔、昔
イタリア生活を終えて日本に帰国して
音楽教室を開いて
ワークショップをやっていた頃に
とてもお世話になった方が
ご他界されたのだそうで。
Tヒュームのことで私が感じたのは
もっと、概念としての「死」。
音楽家であると同時に、軍人でもあった彼は
死というものが身近であったことだろう。
そこから、またバロック時代という一つの機運もあり
個人の想いではなく
もう少し違う視点から作品制作したと思う。
今の私は
その、かつてお世話になった方が
ご他界されたこと
その個人的な想いから心が離れない。
メメント・モリ
死を忘れることなかれ
大切な人を失うときに
私達は、いつもより強く「死」を意識する。
そして、いずれは自分の身にも訪れる定めだということ。
そう受け入れると
これから、たった今から
どんな心で、どんな行いを重ねていきたいか
なにを大切に、なにを選びたいか
意識することにもなる。
もう一つ。
今日、本当に久しぶりに連絡を取った人がいて
いろいろなこと、いろいろな状況の変化があったのだと思った。
一つの時期も、一つのステージも
やがて死に、また生まれて、巡っていく。
ともすると
いいことも、辛いことも
ずっとこのまま続いていくように
思ってしまうけれど
必ず終わって、新しいものが生まれてくる。
「変容こそ普遍」とは
アレイスター・クロウリーの言葉だったかな。
古楽やクラシック音楽は伝統だから
変わらない型があると
思っている人も多い。
確かに、伝統として学ぶべきことは
たくさん、たくさんある。
けれど、固定されて動かないものでは決してない。
そして、更には
変にいじくるものでもない。
新しいものが生まれるのは
決して、人間存在の浅知恵によるものではなくて
変わるべくして変わっていくものだから。
意固地になって固定化されるものでもなく
安易に我で変えるものでもない
自然な、本当に自然な流れとして動いていく。
だから、私は私の
お預かりしている範囲で
一つ一つの気づきを心に刻んで
広がっていく意識、
形にしていく作業
両者を左右に持ちながら
日々を重ねていくのだな、と思った。
久しぶりに
ただの練習動画をアップします。
しがないガンバ弾きの練習なので
よかったら聞き流してください。
まだ、全然仕上がっていないけれど
Tヒュームの「死ぬこと」を練習しているところです。
今月、来月と弾くし
きちんと動画を出せたらいいなとも思います。