生きながら針にぬかれし蝶のごと悶えつつなほ飛ばむとそする
吾がために死なむと言ひし男らのみなながらへぬおもしろきかな
原 阿佐緒(1888年6月1日 – 1969年2月21日)
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言葉は、音楽よりもずっと
物事を具体的に表現する。
そういった言葉の優れた使い手であっても
感じたもの、感じ取ったもの
その時、そこにあったものを
どれだけ形にして残せたかというと
ほんの、ほんの僅かということになるだろう。
ともすると
形だけに目が行ってしまい
いつ、誰が、なにをしたかという
目に見える現象だけを頼りに
理解しようとしてしまいがちだけれど
本当は、その奥に、人それぞれ
どれだけの想いがあったのだろうか。
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この前、私が弾いたものについて
親しくしていただいている人と
会話をしていたのだけれど
面白かった。
なにを頼りに演奏解釈したのか
そこも何かの形で表現したい
気持ちはあるけれど
わかってもらえない気もするから
留めておいている
そんなことを言うと
それはきっと、過去の人も同じで
でも、言語や形にならない部分で
ちゃんとオーディエンスは受け止めている
そう言ってもらって
なんとも言えない想いになった。
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自分の企画が少しずつできるようになって
作品やプログラムの魅力
当時の社会的背景や楽器の話など
いろいろなことを書いたりするようになり
形となって現れ、残っているものにばかり
目が行ってしまっていたのではないか
同時に、そうも思った。
私だって、
わかってもらえないだろうと思うことは
言葉にしないし
どうしてそんな当たり前のことが
抜けてしまったのだろうな。