2025.10.25
【はじめに】古楽の記憶と継承

【はじめに】

ある日、音庵のお取引先様を通じて、ある楽器をお預かりする話をいただいた。それは一台のNベルトランモデル。指板裏の指跡、艶を保ったボディから、大切にされていたことはすぐに分かった。

持ち主は、三沢栄一様。日本の日本古楽黎明期、その歴史的な瞬間に数多く立ち会われた方。

私は学生時代、先生方がどれほどご苦労されて道を拓かれたのか、話を聞かせていただいた。そしてその奥にある情熱が、どれほどのものか感じた。

今では、「私はヴィオラ・ダ・ガンバ奏者です」といえば、例えば「あっ、生で聴いたことはないけれど、ブランデンの6番で出てますよね」などと言っていただける。それは、ヴィオラ・ダ・ガンバに関わらず、古楽演奏に、自分が持つすべてを捧げたいと思う音楽家が、何人もいるということ、それを信じて、尊重していただける世の中になったことの、証明だと思う。

そして、お若い奏者様が、沢山活躍されていることも眩しく見ながら、先達の方々がどういう想いで、資料も楽譜も、楽器も揃わない中で、古楽演奏という文化を始められたのか、決してかしこまらない、あるがままの私の視点から、お伝えしていきたい。

三沢様には予め、取材という形でお願いをしてあったけれど、話の中で、「これは、私だからお話くださったのではないか」と思われる内容が、沢山含まれていた。

私は、こういった取材の経験がない。人の、心からの話、文字通り「心の声」をお伝えする責任、そこから逃げていては何もお伝えすることができない、その葛藤をそのまま言葉にすると、私に判断の一切を委ねると言っていただいた。

どういう形の発表になるか、悩んだ挙句、読まれる方の事も考えて、長期にわたり少しずつ書いて、三沢様と直接対座した時に感じたものを、もう一度反芻する想いで書いていきたい。

私が学生時代、「これが古楽だ」と見せてくださった奏者の何人も、故人となられ、先生方の何人も、活動を縮小されている今、創世記を築いた方々のエネルギーに、どれだけ力をいただいたか、感謝を伝えたい。拙い形ではあるが、私なりにお伝えすることで、御恩に報いたい。

三沢栄一様プロフィール
作曲家、彫金作家
国立音楽大学作曲科卒。1970年代初頭、ヴィオラ・ダ・ガンバと出会い、故大橋敏成のレッスンを受ける。

 

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